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東京地方裁判所 昭和31年(行)55号 判決

原告 日本殖産金庫社長こと下ノ村勗破産管財人 高野弦雄 外三名

被告 国

訴訟代理人 田中勝次郎 外二名

主文

原告らの請求はこれを棄部する。

訴訟費用は原告ちの負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  日本橋税務署長が下ノ村勗に対してなした

(1)  昭和二十八年十二月十七日附の同年十月分源泉徴収所得税として金一一、六三二、七一一円を徴収する旨の決定

(2)  同二十九年二月十日附の同二十八年八月分及び九月分源泉徴収所得税の加算税として金一、四二四、八〇〇円を徴収する旨の決定

(3)  同二十九年七月九日附の同二十八年十月分源泉徴収所得税として金九〇、一四八円、同月分同税加算税として金二二、五〇〇円及び金二、三五三、〇〇〇円、同年十二月分源泉徴収所得税として金四、四八六、七六一円、同月分同、税加算税として金一、一二一、五〇〇円をそれぞれ徴収する旨の決定による金銭の納付義務が原告らに存在しないことを確認する。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求原因

(一)  日本殖産金庫社長こと下ノ村勗(以下破産者という)は昭和二十九年六月十六日午前十時東京地方裁判所で破産宜告を受け、原告らが破産管財人に選任され、原告らは即時就任し、引続きその任にあるものである(なお右決定は同年十一月十六日に確定した。)

(二)  これよりさき、日本橋税務署長は破産者に対し所得税法第四十二条第三項及び第四十三条第一項の規定に基き破産者が匿名組合契約等に基く利益の分配をしたとして、次表のとおり源泉徴収所得税及び同税加算税を徴収する旨の決定をした

決定の日  支払の月 源泉徴収所得税額(円) 同税加算税額(円)

(1)  昭和二八年  同二八年

一二月一七日 一〇月分 二、六三二、七一一

(2)  同二九年   同二八年

二月一〇日  八、九月分            一、四二四、八〇〇

(3)  同二九年   同二八年

七月九日   一〇月分 九〇、一四八      二二、五〇〇

同右               二、三五三、〇〇〇

同二八年

一二月分 四、四八六、七六一   一、一二一、五〇〇

(三)  しかしながら、破産者は多数の者に対し消費寄託契約に基いて確定利息を支払つた事実はあるが、匿名組合契約に基いて利益の分配をした事実はないから、右日本橋税務署長のなした各決定は課税の対象が存在しないのにこれを為したものであつて無効であり、従つて原告らは右各決定による金員支払義務はない。

(1)  破産者は昭和二十六年九月二十二日株式会社日本殖産金庫(同二十九年二月商号を株式会社日本殖産と改称。以下単に日本殖産という。)を設立し、その代表取締役となりいわゆる株主相互金融を営んでいたが、貸出額や経費等が著しく増大し、株主相互組織による資金の吸収だけではこれを賄うことが困難となつたので、昭和二十七年暮頃から同会社の業務として「ニコニコ利殖」なるものを始め、一口五千円を三ケ月預り、これに対して利息を一ケ月二分五厘の割合で支払う旨宣伝し(甲第一号証の一はこの宣伝文書である。)一般大衆から資金の蒐集につとめたが、同二十八年初頃右「ニコニコ利殖」が当時の貸金業等の取締に関する法律第七条に規定する預り金禁止行為に該当することが福島地方検察庁検察官から指摘された。そこで破産者は右預り金の禁止が貸金業者に限られていることに着眼し、貸金業者でない破産者個人が「ニコニコ利殖」契約の当事者となることとし、同二十八年三月十六日開業したのが本件で問題となつた契約である。

(2)  破産者は、当時全国に支店約六十、営業所約三百を有してた株式会社日本殖産の本店、出先店舗を拠点とし、広く、一般大衆から「ニコニコ契約」を募集したが、その契約締結の経過は次の通りである。

(イ) ニコニコ契約は、外交員が相手方宅に出向いて募集するものと、営業所窓口において直接相手方の申込を受けるものとがあつた。

(ロ) 前者においては、外交員は例外なく日本殖産(その業務は日掛により相手方から預金を受け入れ、一定額に達したとき、受入預金額の二ないし三倍の貸付を行い、その償還も日掛にて行うが、貸金業者の預り金禁止規定を免れるため、当初の受入頂金を株式譲渡代金の払込名義としたいわゆる株主相互金融である。)の外交員を兼ねており、相手方宅において「貯蓄はニコニコ、融資は日掛」の趣旨で勧誘を行い、ニコニコ契約の説明としては例外なく「一定の金員(一口五千円)を預けると、満期には元金のほか高い利息の支払が確実に受けられる有利な利殖方法である。」との趣旨を述べ、相手方も銀行預金より有利な預金をする意思で契約の申込をしている。かくして、ニコニコ契約の申込を受けると、外交員は即時申込の契約金額を領収し、同時に相手方に領収書(甲第三号証の一-五)を交付し、営業所にこれを報告してニコニコ証書(甲第二号証、乙第二号証)を作成のうえ、二、三日後に相手方宅に届けるのである。

(ハ) 後者においては、相手方から窓口において申込金額を受領し、即時ニコニコ証書を作成して相手方に交付するのであり領収証その他の書類は別に作成しない。

(ニ) 右いづれの場合も、証書発行の日すなわち契約成立の日は申込の金額受領の日とし、証書発行の際に、添付してある利札三枚にそれぞれ確定金額とその支払年月日をあらかじめ記入するのであるが、契約期間は三ケ月または六ケ月の二種に限られ、利率は昭和二十八年七月八日までに契約の成立したものは一ケ月二分五厘、その翌日以降契約成立の分は一ケ月二分の割合により、期間三ケ月の場合は、利札三枚に各一ケ月分の利率による確定利息金額並びに契約成立の日から一ケ月毎に利息支払日を、期間六ケ月の場合利札三枚に各二ケ月分の右利率による確定利息金額と契約成立の日から二ケ月毎に利息支払日を記入する。

(ホ) かくして契約の相手方は、利札に記載された月日にニコ証書を営業所窓口に持参し、営業所は満期の利札を切り取つたうえ、無条件で記載された金員を相手方に支払い、三ケ月または六ケ月の期間が満了すると、同様に元本額を無条件で相手方に返還するのである。

右に述べた破産者と多数の契約者との間のニコニコ契約の実体は、三ケ月または六ケ月の期間を定めて、一定額の金員の預け入れを受けることによつて契約が成立し、その元金に毎月又は隔月確定額の利息を支払い、期間満了の際に元本を返還するというのであるから、あたかも銀行における定期預金と同趣旨の消費寄託であることは何人にも明らかなところである。そしてこの契約の内容を表象した「ニコニコ証書」には破産者は出資金を受領した時から契約上の責任を負うこと(第一条)出資金に対しては規定の利益配当をする(第二条)利益配当のため別添の証(クーポン)を交付し(第三条)、右クーポンを切り離したときは無効とすること(第四条)、および期限は二ケ月または六ケ月とすること(第五条)との約款が記載されているが、右約款記載の字句のうち「出資金」を「預金」とし、「利益配当」を「利息支払」とさえすれば、形式的にも一点疑ない消費寄託契約にほかならないのであるが、破産者が預金であり利息であることを表現上明示しなかつたのは、銀行法によつて「営業として預金の受入を為すもの」は銀行と看做され同法上種々の規制をうけるので、実体は同法或は臨時金利調整法による金利の最高限を定める規定に違反するものを字句の表現によつて免脱しようとしたためにほかならず、客観的な契約の本質は字句のいかんに拘らず、あくまで消費寄託である。

(4)  同一体系のもとにおいては、同一の用語は同一の意味内容を有することが原則であつて、税法にいわゆる「匿名組合契約」という概念は、商法第五三五条ないし第五四二条の匿名組合契約をさし、また税法にいわゆる「匿名組合に準ずる契約」に包含されるものも、少くとも商法の匿名組合の本質である絶対的要件、すなわち当事者の一方がある営業を行い、相手方はその営業への投資であることを認識して出資し、営業者が営業より生ずる利益を分配すべきことを契約すること(商法第五三五条)を内容とし、その他典型的匿名組合の属性、すなわち利益配当の制限(同法第五三八条)、出資者の損失負担(同法第五四一条)、業務財産状況の検査(同法第五四二条)等のいくつかを具有し、他の典型的契約概念よりもより多く匿名組合契約に類似するものと解すべきである。このことは所得税法施行規則第一条に徴しても明らかである。また憲法第八十四条に規定する租税法律主義は、税法に定める課税要件を厳格に解釈することを前提としており、税法の「匿名組合契約等」のなかに「消費寄託」や「消費貸借」を包含しないことは当然であるから、本件破産者やニコニコ契約が「匿名組合若しくはこれに準ずる契約」に該当しないことは明白である。

(5)  本件ニコニコ契約が殆んど完全に典型的な消費寄託の実体をそないていることは前記のとおりであつて、反面、これが匿名組合契約等の概念にあてはまらないものであることは左の通りである。

(イ) 前記破産者開業の経過から明らかなように、破産者は貸金業その他の事業を行わないところに本来の性格があり、この点は保全経済会等と大いに趣を異にするところであつて、匿名組合契約の本質である破産者の営業のために相手方が出資をするとの観念を入れる余地は全くない。

(ロ) また右契約によつて破産者が吸収した資金は、殆ど全部が日本殖産に引渡されたが、その間の金銭授受の性質が消費貸借であるか株式の引受による払込であるかは書面が作成されていないため不明であるが、いづれにしても日本殖産より利益の配当、若しくは、利息の支払を受ける合意がないことからみても、破産者が受入れた資金を運用して営業をしていなかつたことは明らかである。

(ハ) 従つて、契約の相手方に対する利益配当名下の支払および元本の返還は、つぎつぎに新規契約を募集して、その預り金をもつて支払う、いわゆる自転車操業をするほかなく、昭和二十八年十月保全経済会の破綻を契機として新規受入が著しく減少するとともに間もなく同年十二月必然的に支払停止のやむなきにいたつたのであつて、実質的に破産者が利益の配当をすることには、当初より不可能な状態であつたのである。

(ニ) かくして破産の宣告を受けたのであるが、破産者に対する債権は、本件徴収処分による国家債権および従業員の給与債権のほかは、殆ど全部が本件ニコニコ契約によるものであつてその債権届は例外なく消費寄託、預け金、または消費貸借と主張している。若し、ニコニコ契約が匿名組合契約であるとするなら、出資者との間に破産原因を生ずることは絶対ありえぬことであり、また契約者において、匿名組合であるとの認識があれば、かくも多数、多額の契約者が口を揃えて消費寄託ないし消費貸借であることを主張して債権届をする筈がない。

(ホ) つぎに匿各組合は諾成契約であるが、本件ニコニコ契約は約款第二条に要物契約であることを明らかにしており、匿名組合にあつては、出資が損失によつて減少したときは、これを補填した後でなければ利益の配当を請求することができないのにニコニコ契約は約款第三条で確定金額を無条件で支払うものと定め、匿名契約終了の際、出資金の現存価額を返還すれば足りるとするものを、ニコニコ契約は満期日に無条件で全額を返還するものとし、その他全国三百以上の営業所において、随時随所に数万名の不特定多数人との間に成立する本件契約にあつては、商法上の匿名組合当事者間の権利義務に関する規定を適用することは客観的に不可能である。

(6)  以上のとおり破産者がいわゆる出資者と締結したニコニコ利殖契約が所得税法第四十二条第三項にいう匿名組合契約に該当しないことは明らかであつて、破産者に源泉徴収義務はないのに(個人のする消費寄託に基く利息の支払にはこの義務はない。)この義務があるとしてなされた被告の前記各処分は重大かつ明白なかしがあつて当然無効である。

取消しうべき行政処分も、無効な行政処分もひとしくかしのある処分であつて、両者は本来同質のものであり、ただそのかしの程度を異にするに過ぎないから概念上これを区別する標準について議論することは困難であり、かつ実益もないが、要は違法な行政処分によつて侵害された権利について司法上の救済を求める場合にどの程度までは訴願前置、出訴期間の制限に服させるを妥当とするかの問題である。この点について近時の裁判例は行政処分のかしが重大かつ明白なときに無効と解しているが、なにを重大といい、なにを明白と称するかについては具体的事案について決定するほかないのであつて、抽象的一般的な尺度が存在するわけではない。又重大なかしの多くの場合明白であるということができるし、明白なかしは重大な場合が多いであろうから重大かつ明白の「かつ」という概念はそれほど明確なものでも重要なものでもない。

ところで本件各決定は前記のように法律の適用を誤つたものであるが、「匿名組合契約等に基く利益の分配につき支払をなす者」であるかどうかの判断は税務署長の主観的裁量に任せられているものではなく、匿名組合についての商法第五三五条以下による法律的価値判断によつて税務署長の認識如何にかかわりなく既に客観的に存在する事実である。そうだとすれば、本件ニコニコ契約の実体が約款の字句の偽装にかかわらず、一見して「消費寄託」に該当することは前記のとおりであつて、詳細調査して専門的知識によつてはじめて判定されるようなまぎらはしいものでなく、何人にも明白であつたのであるから、日本橋税務署長がこれを匿名組合契約等に基く利益の分配とした本件処分のかしは、極めて明白であり、しかも右かしは納税の義務のないものに課税する結果となる重大なものであるから、本件処分を無効とするに充分である。右かしが重大であり、なお、明白であることは、裁判所が本件ニコニコ契約を匿名組合、またはこれに準ずるものでないと判断し、(匿名組合等であれば破産原因がない。)これに基く破産手続において多数巨額の消費寄託債権者が配当を要求している事実によつても容易に知ることができる。

(四)  仮りに、破産者に源泉徴収義務があるとしても、日本橋税務署長のなした本件各徴収決定のうち

(1)  昭和二十八年八、九月分源泉徴収所得税加算税

(2)  同年十月分源泉徴収所得税中金九、三〇六、一六九円、同税加算税中金一、八六一、二三三円を各超過する部分

(3)  同年十二月分源泉徴収所得税、同税加算税

は次の理由により無効である。

(1)  昭和二十八年八、九月分源泉徴収所得税同税加算税

破産者は昭和二十八年七月三十日及び同年八月十八日の二回に同年四月から七月までの分の源泉徴収所得税として合計金二一、〇一五、六九一円を政府に納付したが、所得税法第四十二条第三項は同年八月から施行されたものであつて、同年四月から七月までは破産者には源泉徴収事務はなく、右納付金は誤納金となつた。

ところで誤納金は国税徴収法第三十一条の五によつて当然に他の未納国税に充当されるべきものであり、右誤納金の生じたのは同年八、九月分源泉徴収所得税の納期前であるから、その納期の到来と同時に政府は右誤納金をもつて充当すべきであり、従つて同年八、九月分の加算税は法律上生ずる余地がない。

(2)  同年十月分源泉徴収所得税中金九、三〇六、一六九円、同税加算税中金一、八六一、二三二円を超過する部分

被告は破産者が同年十月中に金五八、六一四、二九九円の分配をしたとして同月分源泉徴収所得税金一一、七二二、八五九円及び同加算税金二、二七五、五〇〇円の徴収決定をしたが、破産者は同月中に出資者に支払つた額は金四六、五三〇、八四五円であるから、この支払額に対する所得税及び加算税は前記の金額のとおりであつて、右を超過する部分は破産者には納付義務がない。

(3)  同年十二月分源泉徴収所得税、同加算税

破産者は昭和二十八年十月保全経済会の倒産によつて急激に預金の受入れが減少したが、同月末日までは債権者に対する利息の支払もしたが、同年十二月には全然支払をしことがないので、源泉徴収所得税を課せられる理由はない。

(五)  不当利得返還請求権による相殺

仮りに、本件各決定が、そのかしが重大かつ明白でないため当然無効ではないとしても、破産者が出資者に支払つた金員は、前述の如く利息の支払であつて利益の分配ではないから、破産者は本来当該の税金徴収納付の義務を負担したものでないのに拘らず、誤れる右決定の確定に因り、これを負担するに至つたものであるから、国は、誤つてその納付請求権を取得したものといわねばならぬ。そうして、未だその納付の履行なき現在においても右請求権の取得は、民法第七〇三条の不当利得となること明らかである。

よつて、本件各決定が無効でない限り、国が誤つて破産者に対して該決定による納付請求権を取得したのは不当利得であり、破産者はその返還請求権を有し、両者の数額相均しく、何れも弁済期に在るのであるから、破産管財人たる原告は民法相殺の規定の適用、又は、少くともその類推により、ここに対当額において相殺の意思表示をなし、本件各決定に因る税金納付義務は全部消滅する。

よつて、その義務の現存しないことの確認を求めるものである。

(六)  処分の憲法違反による無効

所得税法第四十三条第一項による徴収の決定は、支払者が支払をなす際に所得税を徴収していない場合(税込金額を支払つている場合)は、憲法第二十九条に違反し無効である。本件において、破産者の支払つた金員の性質が匿名組合等の契約に基く利益の配当であるか、または消費寄託ないし消費貸借による利子の支払であるかを問わず、破産者が支払の際に所得税を徴収した事実がないので、本件各決定はすべて憲法第二十九条に違反し無効であるから、右決定による金員の支払義務は存在しない。

所得税法の源泉徴収義務とは、支払者が支払をなす際に、支払を受ける者が納むべき所得税を、政府に代つて徴収する義務、およびかくして徴収した税金を政府に納付する義務をいうのであり、同法第四十三条第一項の強制徴収は、支払者が「納付すべき所得税を納付しなかつたときは、国税徴収の例によりこれを支払者から徴収する。」というのである。しかし、支払者が所得税を徴収していなかつたときは、国が行う強制徴収は、支払者の財産を無償で剥奪することになるから、憲法にその根拠がなければならない。

ところで、憲法は第二十九条第一項に、財産権の不可侵を保障する原則を定め、補償なくしてこれに制約を加えうる場合としては、(イ)公共の福祉に適合するように財産権の内容を法律で制約する場合(第二十九条第二項)(ロ)納税(第三十条)(ハ)刑罰として罰金その他の徴収(第三十一条)の三つの場合に限られている。そこで前記強制徴収処分が以上三つの場合のいずれに該当するか考える。

(イ)  先づ、憲法第二十九条第二項の場合は、同条第三項の場合と異り、補償なくして行われる財産権の制約であるから、財産権を剥奪し、または、剥奪するのと同視されるような制約を加えることは、たとえ立法権をもつてしてもなし得ないとするのが定説であり、そうだとすれば、本件徴収処分は財産権を剥奪するものにほかならないから到底この場合に該当するものとはいえない。

(ロ)  つぎに、本件強制徴収決定による支払者の納付義務は、憲法第三十条の納税の義務であろうか。憲法第八十四条の租税法律主義に基く所得税法第一条、第二条において、所得税の納付義務者を『収益を享受する個人』に法定している。しかるに、支払者は所得の収得者でないことが明らかであつて、この法定の条件にあたらないのであるから、他人の享受する収益について所得税の納税義務を負う理由がない。また、所得税法第四十三条第一項による徴収決定により、特殊の場合として、納税義務が支払を受ける者から支払者に移転するものであろうか。同法第四十三条第二項、第三項によれば、支払者が徴収せられる場合でも、本来の納税義務は依然として支払を受けた者にあることを規定しており、一箇の所得について、納税義務が二重に存在する不合理な結果が是認されない限り、支払者に納税義務が移転するものということはできない。

(ハ)  さらに、本件徴収が源泉徴収義務の違反者に制裁として苦痛を与える趣旨の刑罰に当るものでないことは、所得税法第六十九条の三において、源泉徴収義務違反者に対し、刑罰を科する旨の規定があるところから、この外に、さらに右徴収決定をもつて刑罰を科する法意と解せられない点より明らかである。

以上のとおり、本件強制徴収の決定は、法律に定める納税義務の賦課でも刑罰としての罰金その地の徴収でもなく、無償で私有財産を剥奪する処分であるから、憲法第二十九条に違反し無効であるという外なく、原告らには右決定による金員の納付義務が存在しない。

(七)  以上(三)ないし(六)の理由により本件各徴収決定による金員の納付義務が原告らにないのに拘らず、被告は右処分を有効と主張し、昭和二十九年九月十七日東京国税局長が原告らに対し、当該金員の交付要求をするとともに、破産財団に対して滞納処分を続行しているから、原告らにその納付義務が存在しないことの確認を求めるものである。

二、被告の主張に対する答弁と反駁

(一)  被告は、破産者が一般大衆より資金を求めたるため、商法第五三五条ないし第五四二条に規定する匿名組合たる日本殖産金庫を設立し、自己が営業者となつて、その事業から得た利益を組合員に分配する法方を採用したことは日本殖産金庫定款から明らかである、というが、かりに破産者の手で定款が作成されたものとしても、匿名組合は二箇の当事者間における契約であつて、会社、民法上の法人、組合のような団体ではないのであるから、定款に基いてこれを設立するということはありえず、従つて、破産者が定款を各営業所に常備させて従業員に周知させていた事実があるとしても、それはせいぜい破産者内部における偽装方法の問題であるに過ぎず、本件ニコニコ契約が匿名組合にあたるかどうかを判断する材料とはならない。また、被告は、破産者が証券投資その他の事業を営んでいたと主張するが、破産者が客観的に利益の分配を期待しうる営利行為である事業を行つた事実は全くない。

(二)  被告は、破産者が当時新聞、ラジオ、勧誘員等による契約の募集の際に「日本殖産は匿名組合である」ことを表示したというが、破産者の内部的文書、または官公署に対する文書に匿名組合なる字句を使用していることはあるが、これは前記同様の偽装行為にすぎないものである。破産者が外部、すなわち、一般大衆にそのようなことを表現していた事実は知らない。

(三)  ニコニコ契約証書に記載された約款の字句によつて、該契約が匿名組合契約等であると判断することができないことは前記の通りである。

(四)  被告は、破産者が一方的に昭和二十八年七月十六日から配当金を月二分五厘から月二分に引下げているというが、継続中の契約について、中途で利率を引下げた事実はない。

(五)  被告は、破産者が各営業所よりの出資金配当金に関する経理報告を求め、商法、および、定款に従つて匿名組合の決算をしたというが、そのような事実はない。匿名組合の決算という以上、営業者たる破産者と出資者たる相手方の両当事者間における計算でなければならぬが、本件ニコニコ契約は、三百人以上の営業所において、随時随所に契約が成立し、三ケ月または六ケ月の経過によつて、数万人の相手方との間に逐次計算期が到来するのであるから、かような決算が技術的に不可能であることは明らかである。

(六)  被告は、破産者が所得税法第四十二条第三項の施行月日を誤つて、昭和二十八年四月より七月までの配当金に対する源泉徴収所得税金二一、〇一五、六九一円を自ら進んで納付したというが、それは単なる破産者の見解による行為にすぎず、その真意は不明であつて、本件ニコニコ契約の実体を左右する程度の重要な事実でない。

(七)  破産者が破産決定に対する抗告において、匿名組合であることを主張していることは認めるが、右抗告は棄却され、破産宣言は確定している。

(八)  被告主張の(四)「本件各徴収決定はその数額においても違法はない」との項にて主張する各徴収決定等の数額についての事実および、誤納金充当についての見解は争う。なお、被告は、破産者が出資者に対し支払配当金に対する源泉徴収所得税を破産者が負担すると約束したというが、その事実は否認する。本件ニコニコ契約は所得税法第四十二条第二項の規定がないときに発足したもので、多数契約の継続進行中に税法の改正がなされたが、破産者としては従前の非課税時代のとおりの支払をしたものであつて、税法の改正によつて破産者に新たに源泉徴収義務が生じたものとしても、支払の際徴収せず、税込金額を支払つているものである。

(九)  被告は所得税法第四十三条の規定は憲法第二十九条第二項に適合するものであり、又、右強制徴収は徴収義務者の一時立替納付であり、納税義務者に対し求償権を行使し得るから、財産の無償剥奪ではないと主張するけれども、憲法第二十九条第二項の規定の趣旨は、財産権を無償で剥奪し得ることまでも規定したものでないことは明らかであり、若し、同項が無償剥奪権を規定したものとするならば同条第三項が財産権は正当な補償なくしては剥奪し得ないことを規定したことが無意味となる。

又、徴収義務者が源泉で徴収していないものを納付せしめるのは、その事自体においても、その金利の点においても無償で財産権を剥奪するものであり、ことに、本件の場合においては、事実上、契約上分配すべき利益がなく、従つて、これを支払つておらず、将来も支払うことはあり得ない場合においては、所得税法第四十三条第二項によつて回収することもあり得ない。又、同条による求償権があるということだけは、補償をなしたというに当らないし、今後の支払金はなく、又、相手方が無資力な場合等においては、権利行使不能、若くは、行使するも実効を収め得ない場合が多い実情においては、補償をなしたということができないことは明らかである。

三、被告の申立

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

四、請求原因に対する答弁及び被告の主張

(一)  請求原因(一)、(二)記載の事実及び同(三)の(2) の事実中破産者が契の申込者に対し「金員出資の証」として「ニコニコ証書」を交付し、右証書の裏面には原告ら主張の約款の記載があること、同(四)の(1) の事実中原告ら主張の日に破産者が金二一、〇一五、六九一円を昭和二十八年四月から七月までの分の源泉徴収所得税として納付し、右金額が誤納金となつたこと、同(七)の事実中東京国税局長が原告ら主張の交付要求をし、滞納処分を続行していることはいずれも認めるが、その他の事実は争う。

(二)  原告らが請求原因(三)、(四)、で主張している事実は、本件処分の取消原因となるも無効原因となるものではない。即ち、行政処分が無効となるためには、その処分が違法であるばかりでなく、更にその処分に重大かつ外観上明白なかしがあることを必要とする。ところが、原告らの主張によると、本件支払金額は所得税法第四十二条第三項にいう匿名組合契約等に基く利益の分配に該当しないから、日本橋税務署長が利益の分配であると解してなした本件処分は、行政処分の対象が存在しないのに対象があると誤誌してなした処分であつて無効な処分であるというのであるが、課税の対象を欠く場合にこれありと誤認してなした課税処分は、かしある処分として取消され得るに止まり、無効な処分となし得ない。無効な処分たるには、その処分が重大かつ外観上明白なかしあることを必要とし、本件処分の如く、課税対象の存否が行政庁の認定によつてはじめて明らかになるような場合には、かしが外観上明白とはいえないから、有効な処分というべきであり、従つて、原告ら主張のような事実は、只、取消の原因となるにすぎないものである。(最高裁判所昭和二八年(オ)第八号、同二十九年六月十七日言渡判決参照)従つて、本件処分は後記の通り、何等違法な点がないことは勿論であるが、かりに原告ら主張のような違法な処分があつたとしても、そのかしは外観上明白なものではないから、原告の主張自体からしても、本件各処分が無効であるということはできない。

(三)  不当利得返還請求権ありとする原告らの主張に対する反駁行政処分にかしがある場合、これに対する救済は行政事件訴訟特例法第二条によつて定められた手続によらなければならず、只、例外として、処分に重大、かつ、外観上明白なかしがある場合に限り、無効な処分として期限に制限なくこれが救済を認められるにすぎない。

ところで、本件各処分は無効とはいえないものである以上、行政事件訴訟特例法第二条の適用があることになる。しかるに、原告は法令所定の手続、即ち、再調査の請求も、審査の請求もしていないし、同法第五条の出訴期間も徒過しており、もはや、救済の途がなくなつている。このような場合においては、かりに本件各徴収決定が違法であつたとしても、国が法律上の原因なくして財産上の利益を得たことにはならない(大審院昭和四年(オ)一七〇四号同五年七月八日判決参照)から、原告らのこの主張は理由がない。

(四)  本件処分が憲法違反であるという主張に対する反駁

憲法第二十九条第二項は、同条第一項の財産権はこれを侵してはならないという一般原則に対する例外規定であり、その意味は、公共の福祉に適合する場合には、法律を以て規定する場合に限り財産権を侵すことができる旨を規定したものである。ところで、所得税法第四十三条の規定は、かりに、これが財産権を侵害する規定であるとしても、租税徴収のために必要な規定であるから公共の福祉に適合すみものであり、又、法律を以て規定せられているものである故、右所得税法第四十三条の規定は憲法に反するものでない。

また、本件の場合は、源泉徴収義務者が徴収して納付すべき所得税を納付しなかつたために、所得税法第四十三条第一項の規定により強制的に所得税を徴収される場合であり、その徴収される金員も租税(所得税)そのものであり、更に、右法条により徴収義務者から徴収された金額は、終局的に納めるべきものでなく、一時的の立替納付であつて、かくして徴収された金額(立替納付の金額)は、次に行われる支払金額の中から差引くこともできるし、或は、納税義務者に対して求償権を行使できる旨の規定(同法第四十三条第二項)もあるのであるから、右規定が財産権の侵害を認めたものであるとの主張は失当である。

(五)  破産者は出資者に対し所得税法第四十二条第三項に規定する「匿名組合契約等」による利益の分配をしたものであるから、本件処分はなんら違法でない。

右条項に規定する「匿名組合契約等」というのは、商法上の匿名組合契約のみならず、「当事者の一方が相手方のために出資をし、相手方がその事業から生ずる利益分配すべきことを約する契約(同法施行規則第一条)を意味する。そして破産者が出資者と締結した契約がこの「匿名組合契約等」に該り、その支払つた金員が利益の分配であることは、次の事実から明らかである。

(1)  破産者は一般大衆より資金を求めるため、商法第五三五条ないし第五四二条に規定する匿名組合(これを日本殖産金庫という)を設立し、自己が営業者となり、組合員よりの出資金をもつて事業を営み(原告等は破産者が事業を営まなかつたと主張するけれども、破産者は証券投資、不動産及び自動車の売買、旅館の経営、大力証券株式会社、日本寒天工業株式会社への投資、ならびにその経営、日本殖産に対する投資等の事業を営んでいた)、この事業から得た利益を組合員に分配する方法を採用したことは日本殖産金庫定款(乙第九号証)から明らかである。右定款については従業員にも充分周知させ、各営業所に常備させてこれに基いて事業を営んだものである。

(2)  破産者は当時新聞ラジオ等で広告し、営業案内を頒布し、営業部員又は勧誘員が面接して大衆から出資者を募集したが、その営業案内には「日本殖産金庫は匿名組合である」こと出資者の資金を最高度に活用してそこからあがる利益を分配するものであつて銀行等の利子より遙かに高利廻りである旨を明記し、勧誘員も匿名組合契約への出資であることを認識させ、契約申込者には「匿名組合契約申込書」(乙第三号証)に署名捺印させて出資金を受領しているのであつて、契約当事者双方とも該契約が匿名組合契約であることを認識した上で契約を締結しているのである。

(3)  破産者が契約の証として交付したニコニコ証書にも「出資の証として本証書を交付します」と記載し裏面の約款にも出資金に対し規定の利益配当をする旨約している。

(4)  破産者は一方的に昭和二十八年七月十六日から配当金を従来の月二分五厘から月二分に引下げているが、これは匿名組合契約であるからこそ可能なのであつて、原告等の主張するように確定利息であれば一方的に利息の引下げをすることは不可能なはずである。

(5)  破産者は各営業所より出資金、配当金等に関する経理報告を求め、商法及び定款に従つて匿名組合の決算をしている。

(6)  破産者は所得税法第四十二条第三項の施行月日を誤まつて昭和二十八年四月より七月までの配当金に対する源泉徴収所得税金二一、〇一五、六九一円を自も進んで納付し、又出資者にも税金は破産者が負担することを約している。

(7)  破産者は破産決定に対する抗告において、破産者と出資者との法律関係は匿名組合契約であることを主張している。

(四)  本件各徴収決定はその数額においても違法はない。

(1)  昭和二十八年八、九月分源泉徴収所得税加算税について。

破産者が誤まつて昭和二十八年四月から七月までの源泉徴収所得税二一、〇一五、六九一円を納付したが、同年八、九月分については同年十月六日付で明細書を日本橋税務署長に提出たのみで納付しなかつたので、同署長は昭和二十八年十月二十八日破産者に対し源泉徴収所得税徴収決定をし、前記誤納金を同年八、九月分源泉徴収所得税額合計一八、七九五、八三八円及び同年十月分同税の一部金二、二一九、八五三円に充当し、又昭和二十九年七月十五日付で右誤納金に対する還付加算金七六六、七四〇円をもつて昭和二十八年九月分源泉徴収所得税に充当した。このように同年八、九月分源泉徴収所得税について申告納付が期間内になされなかつたので、原告等主張の加算税が課されたのである。そして右の充当の方法はなんら違法ではない。源泉徴収の場合には支払者は政府に対して内容を異にする二箇の義務を負担している。その一は支払金額の中から税金を徴収して納付する義務(所得税法第四十二条第三項の義務)であり他は若し支払者が納付を怠つた場合には国税徴収の例により強制的に納付せしめられる義務(同法第四十三条第一項の義務)である。しかして誤納金還付請求権をもつて充当することができるのは後者に限られ、前者については充当適性を有しない。

なぜならば、前者の義務は単純な金銭債権ではなく(イ)支払金員のなかから政府に代つて税金を徴収し、(ロ)これを政府に納付する義務であつて、還付請求権に充当することができないのに反し、後者の義務は同法第四十三条第一項によつて強制徴収処分を受けた結果発生するものであつて、単純なる金銭債務であるからである。従つて昭和二十八年十月二十八日の徴収決定によつて指定された納期限を経過した日に前記誤納金を充当した取扱いも、従つてそれまでに発生している加算税の徴収決定もなんら違法でない。

(2)  同年十月分源泉徴収所得税、同税加算税額について

破産会社の帳簿によると十月分の支払額は金四六、八九一、四四〇円であつたが、破産者は出資者に対し支払配当金に対する源泉徴収所得税は破産者が負担する約束であつたから、この税額に相当する部分も配当金の支払の性質を有することになり、これを加算する必要があるので前記帳簿記載の金額につき税込計算した結果税標準額を金五八、六一四、二九九円としたものである。

(3)  同年十二月分源泉徴収所得税について、

破産者が同年十二月中に金二二、四三三、八〇六円の配当金を支払つたことは破産者の帳簿から明らかである。

五、証拠関係〈省略〉

理由

一、日本殖産金庫社長こと下ノ村勗(以下単に破産者という。)が昭和二十九年六月十六日午前十時東京地方裁判所で破産の宣告を受け、同時に原告らがその破産管財人に選任せられ即時就任し、右決定は同年十一月十六日確定したこと及び日本橋税務署長が破産者に対し破産者が匿名組合契約等に基く利益の分配をなしたとして、原告ら主張の日にその主張のような内容の源泉徴収所得税の各徴収決定をしたことは当事者間に争いない。

二、原告らは、破産者が多数の者に対し消費寄託契約に基いて金員の受入れをなし、これに対して確定利息を支払つた事実はあるけれども(但し、昭和二十八年十二月は支払つた事実はない。)匿名組合契約等に基いて利益の分配をなした事実はないから、右各徴収決定は課税の対象が存在しないのに為したもので当然無効のものであり、原告らは当該決定に基く租税納付義務は有しないと主張するから、先づ、右各徴収決定が無効といいうるか否かについて判断する。

ところで、原告らが主張するような破産者の金員の受入及び支払が破産者と契約者との間の消費寄託契約によるものか、或は、匿名組合契約又はこれに準ずる契約によるものかは、原告らもいうように単にその契約当事者間に取交された証書等の文言によつてのみ決定できるものではない。ことに右両種の契約は判然と区別のできる異種類のものでなく、かえつて、同種類の契約の類型である点からしても、破産者とその相手方との間の契約が右両種の契約類型のいずれに当るものであるかは、契約当事者の意思等を探究して事実を認定した後はじめて決定し得るものであつて、そのいずれに属するものであるかは外観上誰でも誤りなく認識判断できるものとはいい難く、権限ある行政庁又は裁判所の認定にまたねばならぬ関係にあるものというべきである。従つて、仮に原告らが主張するように、日本橋税務署長が認定を誤り破産者が消費寄託契約による利息の支払いをなしているものであるのに、その支払金を匿名組合契約等に基く利益の分配を為したものと認めて本件各徴収決定を為したとしても、破産者が多数の契約者に支払をなしている事実がある以上(昭和二十八年十二月中にも支払をなしたことは後記認定の通り。)、右のような理由は、これにより本件各処分の取消の問題が生ずるかどうかは別として、それを以て本件各処分を無効ならしめるような外観上明白な、かしが存する場合に当るものということはできない。

三、次に、原告らは、本件各徴収決定は誤納金の充当方法を誤り、又破産者の支払つた額の認定を誤り、更に昭和二十八年十二月分は破産者において同月中の支払が皆無であるのに支払を為したとして徴収決定を為した違法があるから無効であると主張する。しかしながら、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二十ないし第二十二号証によると、破産者は昭和二十八年十二月中にも契約の相手方に対して支払を為している事実が認められるのであつて、原告らの右主張は誤納金充当に関する点を除くと、要するに本件各徴収決定がその課税対象たるべき破産者の支払金額の認定を誤つてなされた違法があるというに帰するのであるから、仮に、右原告ら主張のようなかしがあつたとしても、これ亦前同様本件処分の取消原因とはなり得ても、無効原因というべき程度の重大かつ外観上明白なかしがある場合に当るものということはできない。

原告らが、破産者が昭和二十八年四月から七月までの分の源泉徴収所得税として金二一、〇一五、六九一円を同年七月三十日及び八月十八日の二回に納付したが、右は誤納金であつたから、この誤納金を以て同年八、九月分の源泉徴収所得税に充当すべきであるから、右八、九月の源泉徴収加算税は生ずる余地なく、同月分の右加算税徴収決定は違法であると主張する点については、破産者が右金額を納付し、これが誤納金となつたことは当事者間に争いない事実であるけれども、国税徴収法第三十一条の五の過誤納金の充当に関する規定は、租税徴収手続と過誤納金還付手続との簡素化を図る趣旨に出たものであり、かつ、過誤納金還付請求権と税金納付義務とは全く別個な関係のものであるから、過誤納金のある場合にはその後に納期の到来した税金総てに対し当然充当され、当過誤納金の納付義務を消滅させるものとは解すべきでなく、充当なる行為がなされてはじめてその対象となつた税金納付義務が消滅するものと解すべきである。そうして、源泉徴収加算税は遅延損害金と同様な性質を有する利子税等とは異なり、一種の行政罰たる性質を有するものであるから、所定期限内に徴収納付がなかつたという可罰事実のあるかぎり発生するものであり、後に到つて本税の納付義務が過誤納金の充当により消滅した場合においても、これを理由に既に発生した加算税納付義務も消滅するものと解することはできないから、右加算税徴収決定に原告の主張するような違法な点があるということはできない。

四、原告らは、行政処分の無効原因として説明されている重大かつ明白なかしという基準はそれ程明確なものでなく、通常の場合重大なかしは明白なかしであることが多いのであるから、要するに個々の具体的事案について違法な行政処分によつて侵害された権利について司法救済を求める場合に、どの程度まで訴願前置出訴期間等の制限に服させるものを妥当とするかの問題であり、本件事案は本件徴収決定により強制徴収されるときにおいては、多数の破産債権者は全く配当を受け得られないことになるのであるから、本件の如きはまさに司法救済を与えるべき場合であり、かつ重大なかしがある場合であるから、本件各処分を無効とすべきものであると主張する。

しかしながら、外見上一応有効に成立している行政処分を当然無効とすべきか否かは、その処分を為すについて存在したかしの程度によつて決すべきものであり、処分の結果による影響の程度によつて決すべきものではない。勿論当該かしある処分の影響が重大であるような場合には、そのかしは重大といい得る場合が多く、かつ、重大なかしは外観上明白なかしである場合が多いであろうけれども、そのかしがこれを容易に認め得るような外観上明白なものでない場合においては(本件は外観上明白なものでないことは前記の通り。)法に定める通常の手続により権限ある行政庁又は裁判所の判断をまつて決定するのが、行政処分の性質、或は行政処分に対する訴願、抗告訴訟を認めている制度の上からいつて当然のことと考える。従つて、本件各徴収決走による影響の程度の如何にかかわらず、原告らの右見解には賛同することができない。

五、次に、原告らが本件各処分が憲法第二十九条に違反し無効であると主張する点について考える。

所得税法第四十二条第三項による源泉徴収義務者が源泉徴収所得税を納付しなかつたときは同法第四十三条第一項の規定により国税徴収の例により強制徴収されるわけである。右両法条の規定は租税徴収権確保の公共性にかんがみ、支払者に対して政府に代つて支払を受ける者から所得税を徴収してこれを政府に納付すべき特殊な義務を負担せしめたものであり、支払者が右義務不履行の場合においては、支払者より徴収することにしたわけである。そして、同法第四十三条第二項により支払者が源泉で徴収しなかつたときには、後において支払を受けた者に対し後に支払を為すものの内から控除し、或は求償を為し得る旨規定しているのであるから、右同法第四十三条第一項の規定が、原告らのいうように、支払者の財産を無償で剥奪することを定めたものとなし得ない。原告らは、本件においては右第四十三条第二項による求償権の行使が事実上不可能であるというけれども、既に破産者において右第四十二条第二項の義務不履行があつたのであるから、求償権の行使が事実上不可能であるというような理由でもつて、直ちに本件各徴収決定が憲法第二十九条の規定に反するものということができないことは明らかである。

六、最後に、原告らの主張する不当利得返還請求権による相殺の点について考えるに、行政処分はたとえばそれが違法であつても、その違法が重大かつ明白で該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては適法に取消されない限りその効力を有するものと解すべきであり、本件各徴収決定がいづれも無効なものでないことは前記の通りであり、かつ、適当に取消されたものではないのであるから、未だその効力を有するものというべく、右各徴収決定が効力を有するものである以上、これに基く報告の請求権は何ら不当利得となるものではないと解すべきである。よつて原告らの右主張も採用し得ない。

七、以上説明した通り、原告らの主張自体からしても、本件各徴収決定が無効であることを認めるに足らず、又、右決定により被告が不当利得をしたものとも為し得ないから、右決定の無効であることを前提とし、或は不当利得の成立を前提として、本件各徴収決定による税金納付義務の不存在確認を求める原告らの請求は、その余の点の判断をするまでもなく理由がないものというべきである。よつて原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 地京武人 石井玄 越山安久)

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